沈澱中ブログ

お笑い 愚痴

一年に一度、思い出す人

とても曖昧な記憶なのだが、確か「伊集院光とらじおと」にゲスト出演したくりぃむしちゅー有田哲平に対して、同番組のアシスタントの女性が、「有田さんとは同じ番組で少し共演していた期間があるのだが、その番組が終わってから初めて有田さんと会った際に、笑顔で『久しぶり。俺、一年に一度は、○○(当該女性アシスタント)のこと思い出してたんだよね、元気かなって』と言われてとても嬉しかった。ずっと気に掛けていたんだよ、ではあまりにも嘘臭いけど、一年に一度っていうのがちょうど良くて嬉しい」といった趣旨のことを言っていた。そのエピソードをふと思い出したので、ついでに、俺にとってそんな存在の人はいるかな、と斜め上を見てみた。椎名林檎が好きだった元カノ……なんてのは却下だ。過去の恋愛なんてものは、箱に入れて鎖でぐるぐる巻きにして、記憶の海の底に沈めるのみだ。いつまでもグチグチと元カノにこだわるのは、新海誠にだけ許された特権だ。贅沢は味方、ノスタルジーは敵。

そこで思い出したのが、高校二年生のとき同じクラスだった女子生徒Tさんだ。恋愛関係ではなかった。あまり話したこともなかった。それがある日、調理実習の際に同じ班になり、不意に話し掛けられた。「この前、修学旅行の飛行機の中で○○君とスティーヴン・キングの話をしてたよね? チラッと聞こえて、めちゃくちゃ話に混ざりたかった」と。スティーヴン・キングのファンなのかと問うと、そうではないが、小説や音楽、漫画などが大好きで、でもあまりその話をできる友達がいないのだという。「あ、もしかして、YouTubeのコメント欄にしばしば出没する、『中学生/高校生でこんな音楽聴いてるの、俺だけなんだろな』的なマインドの持ち主か」と警戒したが、彼女は違った。

「マジで! Tさん、古本屋でガロ買うてんの?!」

「あ、やっぱガロ知ってるんだ!」

「うん。つげ義春、好きやもん。Tさんはどんな漫画が好きなん?」

古屋兎丸かなあ」

「読んだことないな。『帝一の國』とかの人やんな」

「そうそう。でも一番凄いのは、『Palepoli』って本。四コマ漫画を芸術の域まで高めてる。良かったら、今度貸そか?」

「うわ、ありがとう。じゃあ、俺の好きな、せやな、伊藤潤二貸すわ」

「わあ、是非! 読んでみたかった。他に好きな漫画ある?」

「『鉄コン筋クリート』かなあ」

「『ピンポン』の作者や! 貸して欲しい」

といった感じで、ただ単純に好きなものの話をできることが嬉しいらしかった。そしてそれは、俺も同じだった。好きなものが必ずしも一致する訳ではないけれど、とりあえず互いが発する固有名詞はおおよそ説明なしに伝わり、会話が滞りなく進み、弾む。その心地好さは、なかなか得られるものではない。

Tさんはピンク・フロイド毛皮のマリーズが好きだった。ドレスコーズは今ひとつしっくりこないと語っていた。貸してくれた『Palepoli』は確かに傑作だった。その数日後、「古屋兎丸の『ライチ☆光クラブ』も買って読んでみたけど、むっちゃオモロいね!」とLINEを送った記憶もある。伊藤潤二の『うずまき』を貸すと、Tさんは「めちゃくちゃ面白かった。また何か貸して欲しい」といったメモを挟んで返してくれた。だが受験で忙しくなったのかクラスが離れたのか、記憶が曖昧だが、とにかく、Tさんとその後それほど仲良くなることはなかった。そしてそのまま、高校を卒業した。

たった今LINEの友だち欄をチェックしたところ、Tさんのアカウントを発見した。100を越す「友だち」がラインに入っているが、誰やっけという人もたくさんおり、真に「友だち」と呼べるのは、多分10人もいない。Tさんは無論、その10人未満の中には含まれない。でも今一番LINEを送ってトークをしてみたいのは、Tさんだ。でも多分、連絡することはない。向こうもないだろう。まだガロ集めてんのかな、ドレスコーズは好きになったかな、俺は結構ドレスコーズもええと思うねんけどな、古屋兎丸の『帝一の國』の映画は観たかな、菅田将暉が好きやからか知らんけど俺は映画もオモロかったわ、Tさんはどないやったやろ、もしかしたら漫画とか小説とかへの興味は失って、カップルYouTuberとか観て楽しんだりして、それはそれで個人の自由やから全然ええねんけど、でも勝手なことを言えば、ピンク・フロイドを聴きながら丸尾末広とか読んでいて欲しいな……なんてことを、今日みたいに眠れない夜に思うだけだろう。俺は同窓会にも出ないので、恐らく二度と会うことはない。でももし仮に、何かの拍子に会ったときは、「久しぶり。俺、一年に一度くらい、Tさん元気かなって思い出しててん」と言うつもりだ。それでもし、「え、誰やっけ?」と反応された場合は、我が家にある古屋兎丸の本を全て売り捌いてやる。

さて、あなたにも一年に一度、思い出す人はいますか? なんて最後に読者に問い掛けりゃ、エモい感じで締まるかな。エモいって言葉、嫌いやけど。主人公が「感傷は敵だ」と語る某漫画のファンなので。以上、終わり。