沈澱中ブログ

お笑い 愚痴

私信の・ようなもの

正統(メジャー)な映画史に位置する同系統の映画や似た系統の映画を二つ取り上げて共通点を挙げていき、イコールやニアリイコールで結ぶ見立てをするのは、さほど難しいことではない。映画史(文脈)を参照できるからだ。近年で言えば、『JOKER』が『タクシー・ドライバー』や『キング・オブ・コメディ』と似ているとよく語られたが、『タクシー・ドライバー』と『キング・オブ・コメディ』で主演を務めたロバート・デニーロが『JOKER』に重要な役どころとして出演している時点で、オマージュが明確に打ち出されているため、すぐさま導き出せる考察だ。

早速余談だが、『JOKER』はちょっと真面目過ぎて好みじゃない。ノーラン監督の『ダークナイト』が一部のシネフィルやアメコミファンから「リアルで大人で高尚な作品みたいな感じを出しているけど、ただ陰鬱で無駄にシリアスなだけだ」と批判されているが、地下道でヒース・ジョーカー・レジャーが護送車に向けてロケットランチャーをぶっ放す楽しさは、『JOKER』にはなかった。Why so serious? 『ダークナイト』でジョーカーが口にした言葉を、『JOKER』に捧げたい。

余談の余談だが、『JOKER』の下敷きになったアラン・ムーア×ブライアン・ブランドのアメコミ『キリング・ジョーク』は、執拗な反復がフェティッシュな快感を喚起してくれるのでオススメです。

『JOKER』=『キング・オブ・コメディ』論の他にも、たとえば『バーフバリ』=『ライオン・キング』論なんかを書こうと思えば書けるが、別に大して面白くはならないだろう。両作品とも貴種流離譚(折口信夫が唱えた説話の一類型。神や英雄が故郷から遠く離れて旅や漂流をし、成長するというパターン)であり、似過ぎている。『バーフバリ』や『ライオン・キング』でなくとも、シェイクスピアの『ハムレット』とか、水で薄めた『マッドマックス 怒りのデス・ロード』こと『アクアマン』とか、貴種流離譚ならどんな作品を二つ取り上げても、なんとなくそれっぽいものが書けてしまう。比喩や見立ては対象と喩えの距離が遠過ぎると理解できないが、近過ぎるとわざわざ喩える意味がない。「梅雨明け直前の大雨のような女」では意味がよく分からないし、「鋼のような肉体」では紋切り型過ぎる。『鵞鳥湖の夜』=『気狂いピエロ』論、『湯を沸かすほどの熱い愛』=『ミッドサマー』論、などなど、距離の近い見立てならいくらでも挙げられるが、見立てる面白さはあまりない。

さて、本題。先日、芽むしりさん(QJには「電柱理論」名義で寄稿してらした)というブロガーの方のお笑い批評同人誌『俗物ウィキペディア』に収録されている、「『We Love Television?』=『大日本人』論」を読んだ。『俗物ウィキペディア』自体は2020年3月に購入したが、その章はタイトルを見た瞬間、読まずに飛ばした。いずれ『We Love Television?』を観てから読もうと思ったからだ。以降、どうしても『We Love Television?』に興味を持てず随分と放置してしまったが、ついに観たので、読み残していたその章も読んだ。

『We Love Television?』は、かつての大人気コメディアン、でも来月誕生日を迎えてもまだ22歳の俺からしたら「仮装大賞のおじいちゃん」というイメージしかない萩本欽一が、もう一度視聴率30%を目指してバラエティ番組を作る様を追ったドキュメンタリー映画だ。一方『大日本人』は、松本人志の初監督作品であり、日本の治安を守る架空の存在「大日本人」を描いたフィクションだ。ちなみに当ブログの過去の記事でも何度かネチネチと書いてきたが、『大日本人』は傑作です。超絶シネフィルで超絶インテリの俺が言ってんねやから間違いないです。少なくとも、Yahoo!映画レビューで5点満点中平均2.66点になるような作品ではない……と思ったが、『パンク侍、斬られて候』に平均2.87点、『クリーピー 偽りの隣人』に平均2.53点しか付いてへんようなレビューサイトやし、気にせんでええか。

『We Love Television?』と『大日本人』は共に、日本の正統な映画史には連ならない異端の映画だ。『JOKER』と『キング・オブ・コメディ』のように、どちらかがどちらかの影響を受けてオマージュを捧げている訳でもない。『バーフバリ』と『ライオン・キング』のように、観さえすれば多くの人が共通点に気付くような、あからさまな相似もない。だが、芽むしりa.k.a電柱理論氏は『We Love Television?』を観て、「これ、『大日本人』じゃん」と述べる。そして二つの映画について、作品構造の類似性と、松本人志演じる主人公・大佐藤と欽ちゃんのキャラクターの類似性を指摘する。説得力は充分であり、フィクションとノンフィクションの差さえある二つの作品が実は同じものを描いているのだということを浮かび上がらせる様は、読み応えがある。

尤も、互いに影響を与え合っていない二作品を取り上げて「実は同じものを描いている」と述べるのは、身も蓋もない言い方をしてしまえば、詭弁だ。が、その詭弁が面白いという話である。蓮實重彦だって著書の中で「世の批評家連中は『ボヴァリー夫人』の主人公は“エンマ・ボヴァリー”だって平気で書いているけど、作中に“エンマ・ボヴァリー”とフルネームで表記されたことはないよね? にもかかわらず、この“テクスト的現実”に留意することなく“エンマ・ボヴァリー”と表記すること、これはもはや捏造ですよ!」などと一見狂人の戯言としか思えないことを述べている。面白い妄想が作品と呼ばれるように、面白い詭弁は充分批評と呼び得る。

さて、いきなりだがウーマンラッシュアワー村本は、今はどうか知らないが、かつては読書を毛嫌いしていた。本から得られる知識や情報ではなく、自分の体験を信じるのだという。俺も「年間200冊は本を読んでいます」と自慢げに語る奴は好きじゃないが(年間200冊も読んでいるなら、読書量を誇ることに何の意味もないとええ加減気付け)、それでもやはり本は豊かな知識の森だ(距離が近い凡庸な比喩)。現代人が捻り出した考察など既に何百年も前に賢人が一蹴した愚考に過ぎない、ということは多々あるので、村本のスタンダップコメディ志向を考えると、本を読んだ方が絶対当人のプラスになると思う。が、知識がナンボのもんじゃいという村本の気持ちも理解はできる。読書習慣がなくとも優れた視座を持っている人は、大勢存在するからだ。そういう人は、元来感性が鋭い。この感性という壁は、ちょっとやそっとの知識では超えられない。芽むしりさんが『We Love Television?』と『大日本人』を等号で結ぶことができた理由は、映画やお笑いの知識が豊富だからではなく、感性が鋭いからだろう(知識自体は大したことない、という意味ではないですよ。念のため)。

『JOKER』を観て『タクシー・ドライバー』や『キング・オブ・コメディ』を想起したり、『バーフバリ』を観て『ライオン・キング』を想起したりするのは知識(映画鑑賞量)の賜物だが、『We Love Television?』を観て『大日本人』を脳内のアーカイブから引っ張り出してくること、これは紛れもなく感性の賜物だ。『大日本人』を観て「この前観た欽ちゃんのドキュメンタリー映画に似てるなあ」と思う人はまずいないはずだし、逆も然りだ。そもそも、両作品とも観ている人が殆どいないだろう。

芽むしりさんは、分かりやすいオマージュ先を当たるのでもなく、分かりやすい共通項を頼りに類似した作品を探すのでもなく、『We Love Television?』を観ながら半ば無意識的に構造を分析したことで、かつて観た『大日本人』と同質の作品だと気付いたのだろう。構造分析こそ批評の醍醐味だと考える俺にとって、『We Love Television?』=『大日本人』論は、この上なく好みな批評だった。

あ、せっかく村本の名前を出したので、少し脱線して彼について書くが、ウーマンラッシュアワーの漫才は、好みのタイプではないが、結構面白い。いつぞやのすべらない話はすべり過ぎていて本当にムカついたし、普段お笑いにも漫才にも全然興味ないリベラル諸氏がTHE MANZAI放送後にだけウーマンラッシュアワーを「これこそ漫才!これこそお笑い!」と知った風な口を利いて持ち上げるのは心底鼻につくが、バイトリーダーのネタとかは面白いし、原発基地問題だを語ってる近年の風刺漫才もきちんと笑いどころを作っている辺り、去年初めて行ったタイタンシネマライブでぜんじろうが披露してスベリ倒していたスタンダップコメディとは流石に格が違う(吉本興業、維新、自民辺りをネタにしていました)。まあ俺は、ウーマンラッシュアワーの漫才を袖で見ていて、村本の長広舌で客席から拍手が起こった際に「山手線の駅名を早口で全部言っても、あんくらいの拍手貰えますけどね」と言い放った学天即の奥田の方が好きですが。決勝で見たかったっすねー、学天即。天竺鼠Dr.ハインリッヒもプラスマイナスも。M-1決勝で見たかった漫才師ランキングだけで、ブログ一本いけますな。

さて、本題に戻ります。芽むしりさんの論の中では触れられていなかったが、『We Love Television?』と『大日本人』は、「かつて天下を獲った日本の老コメディアンが、最後に一花咲かせようと本業であるバラエティ番組を作る姿を追った、ノンフィクションのドキュメンタリー」と「現在日本で天下を獲っている売れっ子芸人が、初めて本業ではない映画ジャンルで作った、ドキュメンタリータッチのフィクション」という微妙な重なりを見せている点も、取り合わせとして非常に美しいです。些か、こじつけっぽい対比の仕方かもしれませんが。

ともあれ、『We Love Television?』と『大日本人』という二作品を繋げる見立ての巧さには、思わず唸らされました。

一応Twitterで芽むしりさんにはフォローしていただいているので、直接感想のリプライを送ればいいのだが、大量のリプライを飛ばすのは流石にキモ過ぎるので、こうして余談を交えながらブログに記しました。『俗物ウィキペディア』の購入先はこちら。https://booth.pm/ja/items/1912372

それでは、もう2021年の1/12が終わったことに絶望と恐怖を覚えつつ、残り11/12に希望と期待を込めて生きていきましょう。共に生き抜きましょう。終わり。