沈澱中ブログ

お笑い 愚痴

推ししか勝たん

キングオブコント2021、面白かったですね。一番笑ったのは空気階段の一本目、良いな〜としみじみ感じたのは空気階段の二本目とうるとらブギーズ男性ブランコの二本目、とある事情で感動したのはマヂカルラブリー、トータルで一番好きなのはニッポンの社長でした。ケツの頭にボールが直撃し、軽々しく悲鳴をあげない良いお客さん達がほんのちょっぴり引いた瞬間、めちゃくちゃ笑いました。吉本新喜劇とたけし映画で育ったので、反復と暴力に弱いんですよ。

詳細なネタの評価や審査員達への評価は他の方に任せるとして、トロフィー返還でジャルジャルが登場してワチャワチャしていたとき、「ジャルジャルのノリで浜ちゃん、笑ろてくれてるや〜ん」とほっこりしました。好きなアイドルがバラエティ番組で爪痕を残したのを見て喜ぶおじさんファンの気持ちが分かりました。ジャルジャルもゴリゴリの芸人なのに、この気持ちは何だろうと思いましたが、オタクの恋人に聞いて分かりました。推ししか勝たん、というやつです。

俺も好きな人や作品は山程あれど、「無条件に幸せを願う」「存在自体を肯定している」という推しの感覚が理解できませんでしたが(この定義自体、恋人が言っていたものなんで、合っているか知りませんが)、KOC2021に登場したジャルジャルを観て、少し理解できました。

推し。ジャルジャルの他に誰がおるやろかとしばらく考えましたが、思い付いたのは池上遼一バスター・キートンの二人だけです。前者は劇画・漫画界のレジェンド、後者はチャールズ・チャップリンハロルド・ロイドと並んで「三大喜劇王」と称されるアメリカの喜劇役者です。原作者が誰であろうと、「画・池上遼一」の文字を見ただけで即買いします。最新作の『トリリオンゲーム』バカオモロいっすよ。原作者は『アイシールド21』や『Dr.STONE』の稲垣理一郎。どっちも読んでないですが、『トリリオンゲーム』を読んだだけで天才やと思いました。

で、もう一人の推しであるバスター・キートンですが、もうとっくに亡くなっているので「無条件に幸せを願う」ことはありませんが、彼が画面に映っているだけで嬉しくなってしまうので、やはり推しと言えるでしょう。うっとりするほどハンサムで、それでいて意外と身長が低いのがチャーミングです(160cm代後半かと思われます)。

小柄かつ小粋な彼は「The Great Stone Face(偉大なる無表情)」と称されています。今見ても驚き、昂奮するようなドタバタアクションを終始無表情でこなすのです。苦しそう、辛そうな気配は微塵も見せません。身体能力が異様に高く、美しささえ覚えるほど見事なスタントアクションだけでも笑えるのに、そこに「無表情」という要素が加わると、ある種のハードボイルドささえ感じられて、非常に格好良いです(しかしながら、先述の通り小柄なため、コミカルさが損なわれないのが素晴らしい。我々短躯の希望の星です)。ジャッキー・チェンや『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は明らかに、バスター・キートンの系譜に連なっています。

俺には好き嫌い、面白い面白くないの枠を超えて愛している映画が何本かあり、魂の浄化のためにそれらの作品を時折観るようにしています。たとえばそれはフェデリコ・フェリーニの『8 1/2』や『甘い生活』であり、ロバート・アルトマンの『ロング・グッドバイ』であり、ゴダールの『はなればなれに』であり、エドガー・ライトの『ベイビー・ドライバー』であり、ルネ・クレマンの『狼は天使の匂い』であり、チャールズ・ロートンの『狩人の夜』であり、パク・フンジョンの『新しき世界』であり、イ・チャンドンの『オアシス』であり、ジョージ・ミラーの『マッドマックス 怒りのデス・ロード』であり、村上透の『最も危険な遊戯』であり、黒澤明の『用心棒』であり、S・S・ラージャマウリの『バーフバリ』であり、フランシス・フォード・コッポラの『ゴッドファーザー PART Ⅱ』であり、ルイス・ブニュエルの『ビリディアナ』であり、ロニー・ユーの『フレディVSジェイソン』であり、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの『ベロニカ・フォスのあこがれ』であり、鈴木清順の『野獣の青春』であり、そして、バスター・キートンの『キートンの蒸気船』なのです(『花束みたいな恋をした』くらい固有名詞を羅列してやりました)。

Perfumeフジファブリックの「若者のすべて」について、「この曲を聴いているときにしか味わえない感情がある」といった趣旨のコメントをしたことがあったと記憶していますが、上で挙げた映画達はまさに、その作品を観ているときにしか味わえない固有の幸福感があります。過去の自分の記憶や思い出を重ね合わせて感情を揺さぶられる作品は多々あれど、躍動するバスター・キートンの滑らかなアクションを見ているときの感動は、バスター・キートンの映画を観ているときにしか味わえないものなのです。映画の本質はアクションである、ということをまざまざと認識させてくれます。別にそれは、静謐な映画よりもド派手なドンパチ映画の方が優れている、という意味ではなく、映像作品たる映画の本質は言葉や台詞ではなく、役者の表情や視線や動きやカメラの構図、つまりはアクションにある、という意味です。

ところで、キングオブコント2021を観ていた俺は、マヂカルラブリーのネタで少し驚き、感動しました。それはひとえに、野田クリスタルの身体的な笑いの取り方の面白さが理由です。M-1でも「あれは漫才ではない」論争を巻き起こすほどしゃべくりではない身体的な面白さを発揮していた彼らですが、キングオブコント2021での野田クリスタルの滑らかかつ躍動感溢れる動きの面白さは素晴らしく、展開が云々、構成が云々といった批評の言葉を奪ってしまい、ただ「動きが面白い」としか言えなくなってしまう魅力がありました。コックリさんに取り憑かれた野田クリスタルの動きはバスター・キートンでしか味わえないはずのあの面白さにやや肉薄しており、「推ししか勝たん。推ししか勝たん……けど、野田クリスタルもええやん」と、許されざる恋に溺れる女の子の気持ちを追体験させてくれました。

どうですか、キングオブコント2021の話から始まって別の話題に移ったかと思いきや、もう一度キングオブコント2021の話に戻る。冒頭でさりげなく張った「とある事情で感動したのはマヂカルラブリー」という言葉を見事に拾ってやりました。これが昨今流行りの伏線回収っちゅうやつですわ! 終わり。