沈澱中ブログ

お笑い 愚痴

虚無僧

 「虚無い」と書いて、「シャバい」と読む。『忍者と極道』という漫画に出てくる読み方だ。独創的なルビが満載の超絶オモローな作品だ。ひ弱、根性なし、冴えないという対人侮蔑型ヤンキー死語である「シャバい」も、「虚無い」と記すことで、自分の目には世界が色褪せて見えるし、そんな境遇に身を置いたりそんな風に見えてしまう自分自身こそが何よりもひ弱で根性なしで冴えないのだという諦念を含んだ、趣深い言葉へと変貌を遂げる。

 さて、数ヶ月後に入籍予定の恋人が寝ている隣で、眠れないのでこれを書き始めている。寝付けないので、プレミアム・モルツを飲み、ロン・サカパ23年を飲み、エゾシカのサラミを食べ、ヨセミテ・ロードなるセブンイレブンオリジナルのフルボディの赤ワインを飲んだが、醒めている。酔わない。いずれも旨かったが、酔えない。

 飲みながら、花村萬月の『二進法の犬』をKindleで読み進めた。手に汗握り、めちゃくちゃ面白い。相当面白い。でも、どこか醒めている。

 いつの頃からか明確ではないが、ずっとそうだ。喜怒哀楽の感情はある。豊かにある。ふんだんにある。でも、いつもほんの一部は醒めている。

 これまでブログで書いてきたことをやや否定する話だが、どれほど楽しい経験をしても、どれほど素晴らしい音楽や映画やドラマや小説や漫画やお笑いに触れても、猛烈に感情を揺さぶられている最中に、虚無いなあと思っている自分がいる。今超絶心を震わされているコレに、ホンマは俺、何の興味もないわ。そう思っている自分がいる。自覚してしまう。

 体質のせいか、酒を飲んでもハイにはならないが、世界に膜が掛かったような気分になって、心地好い眠気に誘われることもある。でも、やはりどこか醒めている。眠気という生理現象と共に、心までとろんと溶けたフリをしているが、マツコが酒を飲んではしゃいでいたら、事務所の社長に「あんた、酔ってるフリしてるでしょ」と言われてドキッとしたと随分前にテレビで語っていたように、指摘してくれる人がいないだけで、俺もその類だ。

 旨い飯を食べて頬が綻んでいるときも、煙草を吸って心が安らいでいるときも、パチンコを打って脳汁が出ているときも、心の片隅の片隅の片隅、合わせ鏡の超絶奥の方で、どうでもええわ、虚無いなあと思っている。

 稀に、極々稀にそう思わない瞬間もある。しかし、本当に刹那だ。

 虚無とか刹那とか、厨二病かよ、伊集院光が「もうボクとは関係ないです」と明言した意味での厨二病かよ、などと自分でも思うが、しかし殊更にそういう単語を使うことで「厨二病かよ」と自嘲してみせ、暗に「こういう自虐ができるということは自分を客観視しているということであり、すなわち本当は厨二病ではないのですよ!」とアピールしているのだなあ、つまらん手口だ、などと思う訳ですが、今こうしてつらつらと書いている文章もまた、虚無いなあと片隅で思っているのです。

 生き辛さを感じるとか、そういう話ともやや違う。根本的に、生きるのに向いていない。漠然と、そんな感覚がずっとある。しかし、表面上は余裕で生活を営める程度の社会性は備えている。落ち着いている、メンタルが強いという評価を職場でされることが多いし、親しい人からは鈍感とさえ言われる。本当は全く落ち着いていないし、メンタルは弱いし、自意識過剰で繊細だ。が、なんかもう全部どうでもええわ、虚無いわあ、という諦念が根底にあるからか、何事にも動じないように見えてしまう。精神的に不安定過ぎて、めちゃくちゃ安定しているように見える。速過ぎて逆に止まって見える、みたいな感じだ。

 まともな道を踏み外してしまう、あるいは自ら外れるようなアウトロー性や異常性はない。死にたい、消えたい、破滅したい、あるいは全てを捨てて、あてどもなく旅をしたい。しょっちゅうそう思うが、しかし、いずれもしない。そんな覚悟も意思もない。そもそも、そこまで本気でしたいとも思っていない。腹減ったから王将の餃子食べたいなあ、くらいのテンションだ。

 何もしたくない。眠い。動きたくない。でも、働かなければ食っていけないから働く。そしてプライドはあるから、結構真面目に頑張って働く。そこそこ評価もされる。嬉しい。だが、虚無い。

 意識高い系、という蔑称は嫌いだが、しかしそう呼びたくなってしまうような界隈の人々が口にする仕事論や人生哲学には心底辟易する。かと言って、インターネットの海で浮かんでいる文化や芸術を愛する高尚な趣味の人々が口にする「欧米では労働は罰なんですよ、仕事なんて頑張る必要ありませんよ」的な考えにも虫唾が走る。自分はダメダメサボリーマンですっつー堕落を自覚し表明しているのならば潔いなと好感を持てるが、仕事を頑張っている者の文化的・知的レベルを下に見ているような口ぶりの、仕事なんて頑張らなくていいじゃん族に対しては、てめえの職場での無能さを棚に上げて日本社会だの資本主義だのを攻撃してんちゃうぞ、どうせ狩猟民族でも社会主義国でもお前はぶーたら言うとるわ、おどれが享受している芸術や文化やレストランでの食事かて、それをお前が手にするまでに無数の「仕事」が介在しとんちゃうんか。と、怒りが湧く。が、この「虫唾が走る」や「怒りが湧く」も何処か虚無いなあと思っている。多分、理不尽にボコボコに殴られない限り、俺の中に純然たる怒りは芽生えない。

 仕事クソダリい、遠い親戚が急逝して遺産転がり込んでけえへんかな、今日も連絡来んかったな、じゃあしゃあないから働きに行くか、行く以上は給料分きっちり働こか、やりがいも成長も時々感じる部分はあるわ、しかしダルいのはダルい……このくらいの温度の人がいい。自分は代替可能な歯車であり単なる頭数であると自覚している、が、しかし、ホンマの歯車ではなく人間である以上、多少は自分でよう回るよう工夫しまっせー、という態度だ。

 中学生のときには、この虚無い感覚が既にあった。先述の通り、「厨二病かな。多感で繊細な思春期やからか?」と思い、高校受験で憂鬱になっているからだと自分を納得させた。高校に入ってもこの感覚は消えず、大学受験で憂鬱になっているからだと自分を納得させた。しかし、恋人ができようが就職しようが夢を叶えようが貯金が増えようが、虚無いなあと思い続けている自分がいる。

 そんな奴が何で結婚するんだよ。成り行きだ。双極性障碍でADHD、就職はせずにフリーターとして夢を追う。実家は特別太くない。人生で初めての恋人が俺で、交際早四年。

 OK、余裕。未来は俺らの手の中。結婚しよう。別れるという選択肢はない。心底、愛している。恋はしていない。

 数週間前、退勤後に夜中の王将で同僚と飯を食べたあと、店の外で煙草を吸っていたら、明るく酔っ払いながら喫煙する年上のお姉さんと話が弾み、王将で酒を飲むことにした。北海道から一人旅でやってきたという彼女はよく喋り、とても恋人に似ていた。男に裏切られ、傷付いている話を何度もされた。健忘症を疑った。

 バイクで来店していた俺は飲酒運転をしないために何処かで時間を潰さねばならず、彼女もまた空港が開くまで時間を潰さねばならなかった。チケットすら用意していない、行き当たりばったりの旅だそうだ。

 近くのラブホテルに入った。彼女が浴室へと向かった。入らない?と問われ、ニュース観るからと断ってテレビを付けた。ウクライナとロシアのニュースだった。憂鬱になった。いや、本当はどうでもよかった。眠たかった。10時間働いたあとで飯を食い、酒を飲み、一睡もしていない。現実感が乏しかった。VODでバカリズム案を発見したので、再生した。

 バスローブを纏った彼女が出てきて、何観てんの?と尋ねてきた。彼女は、バカリズムを知らなかった。眠いから寝ようよと言われ、二人してベッドに入った。空港が開いた頃に起こすから、どうぞおやすみ。俺はバカリズムを観ときます。彼女は素直に頷き、俺に抱きついてきた。性的昂奮を抱いた。バカリズムが淡々と面白いことを言い、薄笑いを浮かべてそれを観ていると、彼女は「何これ、超ウケんだけど」とゲラゲラ笑い始めた。そうでしょ、オモロいでしょ、と言うと、「寝られねえんだけど!止めて!」と嬉しそうに言われた。しばらく二人でベッドに横になりながら、バカリズム案を観続けた。俺も、眠たくなってきた。寝れねえ、と笑いながらまた言われた。

「止めて、寝ますか」

 俺が言うと、賛同された。再生を止め、電気を消した。途端に、馬乗りになられた。暗闇の中で、顔が眼前に迫ってきた。

「やっぱ、こうなっちゃうよね」と言われ、こうなっちゃうんかあと、何故か妙に寂しく思った。顔を背けると、ダメ?と訊かれた。据え膳食わぬは男の恥。これを口にする奴は、全員死んだ方がいい。キスを返しながら、バレたら殺されるなあと思った。別にええやと思った。男と女、裏切りと殺害。『気狂いピエロ』を思い出した。大好きな映画だ。それこそ、初めて観たときは虚無いと全く思わなかった。何がいいって、歴史的価値とかショットの斬新さとか色々と言われているが、一番の魅力は「あー、恋して愛した素敵なガールに裏切られて傷付きたい、ぶっ殺したい、そして自殺したい」という人類普遍の欲望を描いていることに尽きる。誰も言わないが。

 汗臭い服を脱ぎながら、互いに名前さえ知らないと、今更ながらに思った。あとは大して覚えていない。昂奮した。だけど、醒めていた。そのくせ無様に緊張して萎えそうになる自らを奮い立たせたり、堪え切れずに先に爆ぜたりもした。彼女が先に到達した際には、馬鹿な男に相応しく、満足感を覚えたりもした。しかしやっぱり、眠いなあ、長えなあと醒めている自分もいた。

 浴室で汗を流し、服を着てから、ソファに並んで煙草を吸った。旨かった。低予算・個性派俳優出演の、ミニシアターで流れているタイプの、良くも悪くも脚本の妙ではなく雰囲気が売りの、そんな日本映画みたいな情況だと思った。しかし、そんな日本映画は存在しない。「漫画みてぇなボケしてんじゃねえよ!って言うけど、その漫画ってなんですか?もう、適当なツッコミを言うのは止めにしよう!」と松陰寺太勇も言っている。

 虚無かった。セックスで人は成長しない。浮気や不倫でも、人は成長しない。単に、経験するだけだ。

 二人して、眠りに就いた。セットしておいた目覚ましの音で起き、部屋を出ることにした。LINE、教えてよ。そう言われ、LINEやってないんですよ、と答えた。彼女が苦笑した。すぐに微笑に変わり、おっけー、と言われた。また大阪に来ることがあったら、会えたらいいですね。テキトーな俺の言葉に、彼女は笑い混じりに、しかし鋭く、もう来ねえし、と言った。

 空港へ向かう彼女とあっさり手を振って別れ、バイクに跨って家に向かった。頭の中に浮かんでいたのは、名前も知らない彼女のことではなく、恋人のことでもなく、とある女友達のことだった。好きなのだ。惚れている。初めて見たときからすっげえ好みだと思いつつも、恋人がいるし、仲良くなる理由もキッカケもないからと話し掛けなかった。その後恋人と別れたが、すぐに別の恋人、すなわち現在の婚約者と交際を始め、たまに会う好みの顔したあの子、くらいの認識になった。

 数年後、共通の友人がいたり、所属コミュニティが重なったりした結果、仲良くなった。めちゃくちゃ仲が良い訳ではない。両手では収まらないが、それでも数えられるほどしか会っていない。だが、惚れてしまっている。見た目に、声に、考え方に、笑い方に、喋り方に。

 その子のことを考えるとき、「とは言えまあ、そこそこ可愛いだけの女の子やで」的な冷笑が浮かばない。「ああいうところ、どないやねん」などと思わない。全てが、素敵に見える。盲目だ。幻想だ。俺はあの子を愛していない。だが切実に、恋をしている。

 この前二人で酒を飲み、共通の男友達の話題が出た際、実は告白されて断ってしまったため、それ以来気まずくて会っていないと打ち明けられた。めちゃくちゃ良い友達で好きだが、キスをすることが想像できなかった、キスはできひんと思っちゃった、とのことだ。

 勇気を出して告白したのは凄いし偉いなあ、今後も友達として会うたらええやん。などと言い、まあ、二人きりで飲みに行ったりしてたら、好きになっちゃうかもなあ。などと言い、男女の友情は成立する論者としない論者がおるからなあ……え、俺?俺はケース・バイ・ケースやと思うよ、そもそも、その男と女が異性愛者かどうかも分からへん訳やし。などと言いながら、まあ俺はすっげえあなたのことが素敵に見えてますよ、好きですよ、恋してますよ、今あなたが彼に告白された話をしたのは、俺に対して「友達でいたいから、あなたまで告白してこないでね」つー牽制のためですか、それとも「あなたとのキスは想像できますよ」つー匂わせのためですか、ま、答えはそのどちらでもなく、単なる話の流れ、なんでしょうけどね、ガハハ。などと思っていた。

 彼女は仕事の都合で、東京に行ってしまった。行く前から既にホームシックになりそう、たまに帰ってくるから飲みに行こう。そう言われ、是非是非、ホンマに行こうと応じた。本当に、行きたいものだ。一生、ほんの時折会うだけの友達でいい。あなたが東京でシュッとした高身長ハンサムボーイと恋に落ちたとしても、それによってもたらされる喜びや悲しみを、相談を、複雑な思いに駆られながら、友達として聞いていたい。あなたと数時間酒を飲めるなら、それがどれほど苦しくとも、大歓迎だ。

 結局、叶わぬ恋云々かよ。捻りがない。お前は単にマリッジブルーに陥ってるだけだよ、虚無僧(シャバゾウ)が。

 あ、将来のガキの名前、今決めました。虚無蔵(シャバゾウ)にします。格好良いので。終わり。