沈澱中ブログ

お笑い 愚痴

漫画原作者・狩撫麻礼

 最近、あまりテレビを観ていない。コロナのせいで再放送や総集編が多くなってしまったからだ。そんな中楽しみにしていた5月3日の「ボクらの時代」は、山田ルイ53世、スギちゃん、コウメ太夫というゲスト、しかも番組始まって以来初のリモート鼎談だったが、主に53世の達者ぶりのお陰で思いの外ちゃんとした出来になっており、放送事故すれすれのしっちゃかめっちゃかさを期待していた俺としては、些か肩透かしだった。いや、53世は何も悪くはないのだが。

 という訳で、最近は読書するか漫画を読むかGyao!で映画を観るか(平成ガメラシリーズ、初めて観たけどオモロいっす)YouTubeを漁るかしている。YouTubeのアカウントも作った。更新されたらすぐに動画をチェックしたいチャンネルが増えてきたからだ。登録しているのは、「矢作とアイクの英会話」「ランジャタイぽんぽこちゃんねる」「ジャルジャル公式チャンネル」「くっきー!」「ジュニア小藪フットのYouTube」「ジェラードンチャンネル」「さらば青春の光Official YouTube Channel」「しもふりチューブ」「かまいたちチャンネル」「チョップリン凸劇場」「ゾフィーOfficial YouTube Channel」「空気階段チャンネル」そして、某AV女優のチャンネルだ(エグめの性的嗜好を知られたくないので、誰かは秘密である)。この中で今一番更新が楽しみなのは、空気階段チャンネルだ。単独ライブの『baby』からコントが少しずつアップされていて、それが滅法面白い。俺は生でお笑いや演劇を観た経験が、両手で収まるほどしかない。だから、それらに触れる手段はもっぱらDVDや映像配信になるのだが、空気階段は残念ながらこれまで一度も円盤化されたことがない(はずだ)。ラジオは聴いているし、テレビやネットで合法/非合法問わず観れるコントは大抵観たが、単独ライブの一つも観ずにファンを名乗るのは憚られるので、是非とも『baby』は円盤化して欲しい。それを購入し、胸を張って空気階段のファンだと名乗りたいものだ(YouTubeで全部公開されたとしても買います、金を使うのが好きという悪癖を抱えているので)。

 空気階段をいつ知ったのか、記憶は定かでない。何となく色んな人の高評価を目にして存在だけは知っていたような気もするし、ふとしたきっかけでコントを違法視聴したような気もするし、読んでいるブログで紹介されているのを見て初めて知った気もする。ただ、二人に対して強烈な印象を抱いた瞬間は明確に覚えていて、それはこの動画の最初の25秒を観たときだ。
 めちゃくちゃ格好良いと思った。路地裏を歩き、喫茶店で揃って煙草を吸う二人の姿は、「まほろ駅前」シリーズの瑛太松田龍平に匹敵している。空気階段の二人ほど、狩撫麻礼の作品に登場していそうな雰囲気とビジュアルを持った人物を、俺は他に知らない。
 狩撫麻礼とは誰か? 俺が好きな漫画原作者だ。2018年に亡くなるまでの間、数多くの作品を世に残した。
 ところで、チャールズ・ブコウスキーの『パルプ』という小説の解説で、作家の東山彰良は次のように述べている。
ブコウスキーが好きだと吹聴するのは、あまりみっともいいものではない。誤解しないでほしい。彼は間違いなく二十世紀最高の作家のひとりだ。すくなくとも、俺やショーン・ペントム・ウェイツU2のボノにとってはそうだ。しかし、かつて俺自身がどこかで書いたことだが、ブコウスキーが好きだと公言するのは、おれは負け犬の味方さ、一筋縄ではいかない男だぜ、人生、酒と女以外になにがある、と嘯いているようで気が引ける。」
 狩撫麻礼が好きだと公言することにも、これとは少し違うが、まあ一種の特権意識や選民思想めいたものを感じさせる何かがある。が、それは自覚した上で、それでも今から狩撫麻礼の作品の中からおすすめをいくつか紹介したいと思う。このブログは一応お笑いを語るブログとして始めたが、狩撫麻礼はギャグ漫画家ではない。でも、間違いなく面白いし、笑いの要素も多く含まれているので、何卒ご勘弁を(今後は、お笑いが好きな人にお勧めしたい映画とか小説、漫画を紹介する記事も書きたいですね。ちなみに最近の収穫は、小説家だと木下古栗と佐川恭一です)。
 
1.『迷走王ボーダー』「原作」狩撫麻礼 「画」たなか亜希夫
 バブル全盛期。ボロアパートの便所部屋(家賃3000円)に暮らす蜂須賀、同アパートに住む久保田、東大志望の浪人生・木村の三人が主人公の物語だ。「ボーダー」というタイトルの通り、自分達〈こちら側〉と世間の多数派の連中〈あちら側〉という価値観がしばしば登場する作品だが、主人公たちの魅力あふれる人物造形のお陰で、貧乏な落ちこぼれが文句を垂れているだけ、という印象を読者に与えない。エキセントリック過ぎるストーリー展開と思わず抜粋したくなるような痺れる名言が醍醐味だが、作品の背景や文脈を排した名言の抽出を好まないので紹介はしない。ただ、多感な時期にこの作品を読んでしまえば人生が狂う可能性すらあるほどカリスマ性のある漫画だ。俺が人生をある意味で舐め腐り、どうも就活に精を出せないのは、この漫画を高校生の頃に読んだせいだ……なんて言い訳はしないが、まあエリート街道を歩めなくても安アパートでウイスキーがぶ飲みするだけで充分楽しいやろう、という心のセーフティネットにはなっている。かつてネットで見かけたこの作品の熱心なファンがめちゃくちゃイタい奴だったので、『迷走王ボーダー』は俺のバイブルだ、とは決して言いたくないのだけれど、とても大切な漫画であるのは確かだ。
 ちなみに、狩撫麻礼は様々な漫画家と組んでいるが、空気階段の二人が最も似合う絵柄は、本作のたなか亜希夫だ。
 
2.『湯けむりスナイパー』「原作」ひじかた憂峰 「画」松森正
 ひじかた憂峰というのは狩撫の変名だ。足を洗った殺し屋の源さんが、温泉旅館「椿屋」で働く中で様々な出来事に遭遇する……とあらすじを書くと、旅館に対して地上げを迫る暴力団を壊滅させる、みたいな話を想像しそうだが、源さんが殺し屋時代の暴力的な実力を発揮する話は殆どなく、基本的には個性豊かなキャラが織り成す人間ドラマである。ただ、その中で「元殺し屋」という造形がちりめん山椒のようにピリッとよく効いている(安い比喩や)。こんな奴おらんやろっちゅうような源さんの激渋ハードボイルドっぷりにも「元殺し屋なら……」と納得できるし、「足を洗った殺し屋が旅館で働く」という荒唐無稽な前提からスタートしている訳だから、多少非現実的だったりリアリティを欠きかねないストーリーであっても違和感を覚えることなく読むことができる。殺し屋万歳。殺し屋大好き。男女二元論には中指を立てているしジェンダーの多様性を重んじているが、それでもあえて言うと、男子はハタチを迎えるまでに一度は殺し屋に憧れるものだ。御多分に洩れず、俺もそうだった。
 ちなみに、本作に登場する裏社会の情報屋Qと瓜二つのキャラクターが、同コンビによる『ライブマシーン』にも登場する。同一人物かどうかは不明だが、同じ人だと思って読むと作品に一層深みが出る。『ライブマシーン』は殺し屋を主人公にしたアクションたっぷりのハードボイルド漫画で、次のサイトで登録不要・無料で読むことができる。広告がちょこちょこ出てくるが、広告料はきちんと著者に還元されます。https://www.mangaz.com/book/detail/193341
 
3.『タコポン』「原作」狩撫麻礼 「画」いましろたかし
 巨額の報酬と引き換えに、見知らぬ他人と疑似家族として暮らすことを受け容れた四人。一体、誰が何のためにそんな真似を?……というあらすじだけを頭に入れた状態で読み進めていくと、いつの間にか訳の分からない場所に連れて行かれている。ランジャタイの漫才を初めて観たとき、俺はこの作品や同コンビによる『ハードコア』を想起した。「なんやこれ、よう分からんけどオモロ!」てな感じだ(あ、でも一応言っておくと、『タコポン』や『ハードコア』よりランジャタイの方がよっぽど訳が分からないです)。
 正味の話、本作は序盤があまりにも期待に胸躍る魅力的な展開のため、中盤・終盤は些か凡庸な印象を抱いてしまう。同コンビなら、『ハードコア』の方が完成度は上だ。でも、ハードボイルド・無頼といったタイプの作品が多い狩撫麻礼が持つもう一つの強烈な側面を見ることのできる作品として、『タコポン』を推しておく。
 
4.『リバースエッジ 大川端探偵社』「原作」ひじかた憂峰 「画」たなか亜希夫
 東京浅草・隅田川沿いに事務所を構える大川端探偵社。スキンヘッドの渋い所長、天パでヒゲを生やした中年調査員・村木、セクシーでキュートなバイト・メグミ。以上三名が依頼人の依頼に応える、一話完結式の漫画だ。引き算の美学を体現したような短編集で、恐ろしく完成度が高い。シンプルな人情噺、ねっとりと絡み付くような性的な話、不穏な余韻を残す話、そして大人の寓話など、バリエーションが豊かだが、その全てが決して過度にウエットにならず、一定のクールさを保っていて心地好い。
「狂気や異常性は一部の人間にだけ宿るものだから、そうした異常性や異常者は社会から斬り捨てるべき」ではなく、「誰しもが狂気や異常性を抱えており、人は皆それを鎮めて生きていくのだ」という考えの人におすすめの作品です。
 
5.『ルーズ戦記 オールド・ボーイ』「原作」土屋ガロン 「画」嶺岸信明
 土屋ガロンはこれまた狩撫の変名です。
 謎の監禁施設に10年間幽閉されていた男が、ある日突然解放される。一体誰に何故監禁され、そして解放されたのか? 男は謎を追い始める。超わくわくするあらすじだ。最初から最後までずっと面白く、格好良く、熱い。浦沢直樹の『二十世紀少年』は間違いなくこの作品の影響をがっつり受けているはずだが、『ルーズ戦記 オールド・ボーイ』の方が濃い。ウイスキーをストレートで飲むかハイボールで飲むか、みたいな、要は好みの問題だから、『二十世紀少年』よりも優れているのだと断定はしないが。
 パク・チャヌク監督によって映画化もされたが、主人公が追う謎の答えは、映画と漫画では全く違う。そして、ともすれば漫画の方は、「は? なんや、その理由?」と納得できない人が続出する結果になりかねない。しかし、何百ページにも及ぶ物語の末に読者が知る、主人公が10年間監禁されていた理由の迫力は、納得できる人にとってはこの上ないほどの凄みを伴って胸に迫ってくる。
 刊行当時、この作品は全く評判にならなかったそうだ。だが狩撫麻礼は担当編集者と食事に行き、「俺達はいい仕事をした。それで充分だろう」とだけ言ったらしい。そのエピソード自体が上質な短編漫画みたいだ。しかも後に実写化された作品が韓国映画ブームの火付け役となり、漫画も再評価されるのだから、あまりにも格好良過ぎる。
 ハードボイルドが好きな人、ミステリが好きな人、サスペンスが好きな人、人生哲学云々が好きな人、そして何より、面白い漫画が好きな人におすすめの一作です。
 
 狩撫麻礼は他にも池上遼一谷口ジローとも組んだりしていて、それらも超面白いのだが、全部紹介する気力はないのでこの辺で。狩撫作品は紙の書籍だと絶版になっているものがいくつもあるが、Kindleなどの電子書籍では未だ大半が読めるみたいなので、お財布とお時間に余裕のある方は是非。終わり。